> > 北九州の民話 > 宗童と北前船(門司区)

宗童と北前船(門司区)

イラスト/平樂寺昌史さん( a.k.a. heirakuG/下関市在住)
1977年生まれ。電子音楽家、グラフィック・デザイナー。北九州、福岡を中心に音楽イベントを開催(「earth song@アップルストア福岡天神」他)。今秋、自身が主宰するレーベル「G-RECORD」よりCD「texture(GACD001)」をリリース。http://grecord.ninja-web.net/

関門の海は昔から船の交通の要所で、たくさんの船が往来していました。江戸時代には北陸から日本海を下り、関門の海を通って大阪に向かう「北前船」で、大変にぎわっていました。この船にまつわるお話が、梶ヶ鼻(ノーフォーク広場の辺り)にあります。
むかし、梶ヶ鼻に宗童という貧しい男が住んでいました。ある大みそかの晩、宗童が人に頼まれて小倉の町まで出かけたところ、ちょうど広石のあたりでしょうか、舟が泊まっているそばで、男たちが何やらこそこそ。「こんな夜更けに、いったい何をしとるんじゃ」。宗童は不思議に思いましたが、用事があるので、その場を立ち去りました。
さて、帰り道、もう舟も男たちの姿もありません。男たちの怪しいそぶりを思い出した宗童は、砂浜を掘り返してみることに。ところが掘ってみると、箱の中から大判小判がざくざく出てくるではありませんか! 「ひゃあ。こりゃあ、たまげた」。宗童はたくさんの宝を前に、どうしていいのか分からず、眠れないまま元旦を迎えました。
考えあぐねた宗童が、梶ヶ鼻の岩に座り込んで関門の海を見つめていると、ささの葉がゆらゆらと流れてきました。一枚、二枚、三枚、四枚…。数えてみると、九十九枚目まではちゃんと流れるのに、百枚目だけは目の前に来ると沈んでしまいます。不思議なことに、何度数えても同じこと。
「そうか。これは、神さまがこの宝で九十九の船をつくれと言っとるに違いない」。宗童は、早速九十九そうの船をつくりました。昔の航海はたいへん危険でしたが、宗童の船はどんな嵐にあっても沈まないと評判になり、仕事がたくさんきました。しかし宗童は神さまのお告げを守り、九十九そうの船しか持ちませんでした。

こうして宗童は大金持ちになり、もうけたお金は高価な朱といっしょにつぼに入れて、城山の山頂にうめました。しばらくして、宗童が亡くなると、「城山に朝日や夕日がさすころ、黄金色に輝く木の下に宝がうまっている」と、うわさがたちました。それから数百年後、城山に砲台が作られたとき、山頂からたくさんのつぼが出てきました。そのつぼを海に捨てたところ、関門の海が朱で真っ赤に染まってしまったそうです。

「北九州の民話」読み語り

再生ボタンを押すと再生が始まります。
ファイルサイズ:7.60MB

小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座」の協力により、北九州の民話の読み語りを動画でご覧頂けます。  語り手は、小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座『朗読家集団 読房(どくぼう)』」のメンバー。朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行ったり、劇団の1階倉庫を自ら改造して農家の囲炉裏部屋を作り、「囲炉裏寄席」と銘打って、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらったりといった、地域密着の活動をしています。
同劇団代表は、NHK放送劇団、東京演劇アンサンブルなどで活躍した、りゅう雅登さん。そして今回、第3話の語り手は、八幡西区在住の劇団員・宮崎暁子さんです。ローカル色豊かな民話の語りを楽しんでください!

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。