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お糸池(小倉南区)

挿し絵/牧野伊三夫さん(小倉出身、鎌倉在住)
1964年北九州生まれ。画家。美術同人誌「四月と十月」同人。広告制作会社を退社後、名曲喫茶や銀座の画材店などで毎年個展を開催。雑誌「暮しの手帖」表紙や単行本、サントリーの機関誌などの挿し絵を手掛ける。北九州では「子育てふれあい交流プラザ」の壁画や市発行情報誌「雲のうえ」でおなじみ。

むかし小倉南区呼野のあたりに、おたねとお糸という母娘が住んでいました。お糸はたいそう気立てのよい母親思いの娘で、父が病気で亡くなった後、体の弱い母親を助けようと近くの家々の下働きをして、わずかばかりのお金を稼いでいました。
呼野の里では、田んぼの水を確保するために、村人が力を合わせ、三年の月日をかけて川をせきとめ、池をつくりました。「池のおかげで良い収穫じゃ」と大喜びしたのもつかの間、次の年の田植えが終わった頃に大雨が降り、池の土手が崩れてしまいました。
その後も、土手は修理しては切れ、修理しては切れということが何度も起こりました。度重なる難工事に疲れ切った村人たちの間では、「人柱をたてたらどうじゃろうか」という声が聞かれ始めました。「誰がなるのじゃ。まさかくじ引きもできまい」「たとえ田んぼがだめでも、そんなことはできん」というものの、村人は次第に心が傾いてきて、「この池の仕事に出てきている者で、着物のやぶれのつくろいに横布をあてている者が人柱に立つとしたらどうじゃ」という話がでてきました。

ある日、「腰巻きのすそのほころびに横布をあてたものがおるぞ」。見るとお糸です。お糸は顔を隠して家へ逃げ帰り、家へ着くなりパッタリと倒れてしまいました。おたねがびっくりして抱き起こすと、お糸はおたねの顔を見つめながら涙をポロポロとこぼします。「かあさん。このお糸が人柱に…」。お糸は工事場で起きたことを話しました。おたねは「お前がいなくなったら私はどうして暮らすのじゃ」と泣くばかり。お糸は「かあさん、人は生まれたからにはどうせ一度は死ぬんじゃ。わたし一人の命で、村の人を救えるのなら死んで池を守るんじゃ」と、かたい決心で言いました。
数日後、白装束に身を包んだお糸を載せた輿(こし)が池の土手に着きました。後には村人の長い列が続いています。読経の後に、お糸のひつぎが土手の奥深くに置かれました。村人たちは涙を流しながら土をかけていきました。お糸に報いるため村人は夜も昼も必死に働き、まもなく池は完成しました。
 それから二百数十年の間、「お糸池」の土手は切れることなく、静かに緑色の水をたたえています。

「北九州の民話」読み語り

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小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座」の協力により、北九州の民話の読み語りを動画でご覧頂けます。  語り手は、小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座『朗読家集団 読房(どくぼう)』」のメンバー。朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行ったり、劇団の1階倉庫を改造して囲炉裏部屋を作り、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらったりといった、地域密着の活動をしています。また同劇団代表・りゅう雅登さんは、岩手県の「遠野物語研究会」会員でもあります。
今回は、りゅうさん自らが語り手となります。方言も取り入れ、りゅうさん流にアレンジされた味わい深い民話の語りを楽しんでください。

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。