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おくまぎつね(八幡東区)

イラスト/森秀信さん(北九州市在住)
1966年長崎市生まれ。1991年武蔵野美術大学大学院修了、1998年現代美術センターCCA北九州リサーチプログラム修了。映像や写真を空間に使った作品を主に制作。福岡県立美術館などで展覧会開催、今年11月九州日仏学館(福岡市)で個展を開催予定。 http://www.morihidenobu.com

むかしむかし、現在の八幡東区に、諏訪明神(すわみょうじん)という神さまが住んでおられました。この明神さまには、「おくま」という女の狐(きつね)が仕えておりました。全身が真っ白な毛でおおわれ、気立てがやさしく人気者で、村の人たちからかわいがられていました。
まだ帆柱山にはうっすらと雪が残って、冷たい風の吹く日でした。おくまは諏訪明神さまのお使いで、戸畑村の名護屋明神さまのところへ手紙を持って行くことになりました。  人気者のおくまのことですから、あちこちから声がかかります。でも、おくまは寄り道をしていくわけにはいきません。
やっと名護屋明神さまのところに着いてみると、明神さまはあいにく向こうの島へ出かけられて留守でした。大事な手紙ですから、誰かに預けて帰るわけにもまいりません。おくまは、そこに座って名護屋明神さまの帰りを待つことにしました。  急いで走ってきたせいか、だんだんお腹がすいてきました。風の冷たさも身にしみます。でも神さまのお使いですから、お使いがすむまで食べることも水を飲むこともできません。そういう決まりなのです。  夕方になっても名護屋明神さまはお戻りにならず、とうとう夜が明けてしまいました。おくまは、諏訪明神さまの手紙を口にくわえたまま、じっと座り続けました。

やっと5日目の夕方、名護屋明神さまが海の向こうからお戻りになりました。今度は急いで返事を諏訪明神さまのところへ持って帰らなければなりません。おくまは、目はかすみ、とても戻れそうにないほど弱っておりましたが、はうようにして諏訪明神さまのお住まいの山のふもとに帰り着きました。でも、おくまの気力もそこまででした。名護屋明神さまの手紙をくわえたままばったりと倒れ、とうとうそのまま息をひきとってしまいました。
諏訪明神さまと村人はたいそう悲しみ、おくまを「おいなりさん」としてまつりました。それから誰からともなくまつられた山を「おくま山」と呼び始め、それが現在の「熊本山」になったといわれています。

「北九州の民話」読み語り

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語り手
木村正治さん

語り手は、小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座『朗読家集団 読房(どくぼう)』」のメンバー。同劇団(代表:りゅう雅登さん)は朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行ったり、劇団の1階倉庫を改造して囲炉裏部屋を作り、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらったりといった、地域密着の活動をしています。
今回の語り手は、同劇団の木村正治(まさじ)さん(豊前市在住)。方言も取り入れた、味わい深い民話の語りを楽しんで!

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。