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御馬橋(戸畑区)

挿し絵・木版画/えもときよひこさん(北九州市出身)
1951年生まれ。画家・版画家。遠賀郡にアトリエを構える。フクロウなどの動物や自然との交流をモチーフに、“メルヘン世界”を生み出している。太平洋美術会最高賞など受賞5回ほか。全国各地で開催した個展は200回以上。 http://yumemokuhan.com/

鎌倉時代のことです。戸畑の牧山付近はその名の通り牧場でした。
一頭の母馬と生まれたばかりの子馬がいました。母馬は、その姿といい毛並みのよさといい見事な馬でした。「良い馬だ」といううわさは次第に広まり、ある日とうとう、母馬を買いたいという人が現れました。そして、母馬は、子馬を残して洞海湾の向こう岸の若松に売られていったのです。
子馬はいなくなった母馬を慕い、寂しい毎日を過ごしました。そして、母馬に会いたさのあまり、毎日、牧場を抜け出しては浜辺までやって来ました。
そうして、母馬のいる向こう岸の若松を眺めながら悲しそうな声を上げて泣き続けました。村人たちは、「動物とはいえ、母と子の情は変わらないもの」と、子馬をかわいそうに思って涙を流しました。
ある冬の日のことです。子馬は向こう岸の若松に母馬の姿を見つけました。子馬は、母馬に会いたい気持ちで胸がいっぱいになり、思わず洞海湾に飛び込み、泳いで渡ろうとしました。激しい風と波と冷たい海水がキリキリと子馬を痛めつけます。しかし、子馬はものともせず、母馬に会いたい一心で必死に泳ぎ続けました。

ついに子馬は洞海湾を渡りきり、母馬に会うことができました。この場面を見た若松の買い主は、親を慕う子の情に深く胸を打たれ、母馬を牧場に返すことにしました。母馬と一緒になった子馬は、母馬の愛情を受け、すくすくと成長しました。子馬でありながら、冬の洞海湾を渡りきったほどの馬ですから、母馬よりももっと立派な名馬になったことはいうまでもありません。
やがて立派に成長したこの馬は、源氏の目に留まり、鎌倉に連れて行かれることになりました。母馬や懐かしい牧場との別れが辛かったのでしょう。牧場を下りて町へ出る橋をなかなか渡ろうとしません。このとき、その馬が泣き泣き渡った橋が「御馬橋」と名付けられたということです。また、この馬は源平の合戦で大いに働き、日本中に名をあげたということです。

「北九州の民話」読み語り

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語り手
弥生綾さん

語り手は、小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座『朗読家集団 読房(どくぼう)』」のメンバー。同劇団(代表:りゅう雅登さん)は朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行ったり、劇団の1階倉庫を改造して囲炉裏部屋を作り、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらったりといった、地域密着の活動をしています。
今回の語り手は、同劇団の“ぼたもちばあさん”こと弥生綾さん(遠賀郡在住)。方言も取り入れた、味わい深い民話の語りを楽しんで!

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。