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楽になった福智山(ふくちやま) (小倉南区)

挿し絵/浜方コオさん(小倉北区在住)
1968年小倉北区上到津生まれ。北九州総合デザイナー協会所属。2011年から、到津の「浜方工房」を拠点に北九州でフリーの挿画家として活動開始。北九州の身近な自然、“ありふれた日常にある宝物”を描き続けている。2012年元日よりホームページ(http://koo.mond.jp/)で「1日1枚絵」を開始。現在380枚ほど制作し、ほぼ毎日更新中。

まだ、この世の中を神さまが治めていた頃のお話です。福智山の頂上には、大きな岩がいくつものっていました。福智山はとても高い山でしたから平尾台、英彦山…と四方の山が見わたせ、そのながめはとてもよかったのですが、頭の上の大岩が重いこと重いこと。
ある日、福智山がまわりの山々を見まわしながら「どの山も気持ちよさそうに昼寝をしている。それにひきかえ、わしはどうじゃ。この大岩のせいで、頭が重くて、気持ちよく昼寝もできん。ああ、重いよう。だれか、この大岩をとっておくれよう」と言っていました。
その頃、英彦山に赤鬼の兄弟が住んでいました。ちょうど兄鬼が神さまの使いで、福智の権現さまのところへ来ていた時、この声を聞きつけました。「おや、福智山さんが、たいそう困っているぞ。ようし、わしがひとつ力を貸してやろう」。兄鬼は、さっそく山頂の大岩をひょいとかつぐと、「エッサホイサ」と下の谷までおろしました。「赤鬼さん、ありがとう。ありがとう」。福智山は、大喜びです。「エッサホイサ、エッサホイサ」。兄鬼は、夕方までに、いくつもの大岩をおろしました。さすがの力持ちの兄鬼も、汗びっしょりになりましたが、おかげで福智山の大岩もあと少しです。

ところが、兄鬼がかついだ大岩を下の谷に運んできたとき、「おーい、兄さん。英彦山の神さまが呼んでいるぞ。急いでもどってこーい」と弟の鬼が呼びにきました。「そりゃあ、たいへんだ」と、兄鬼はかついでいた岩を、その場にぽーんと投げ出すと、一目散に英彦山にもどって行きました。「あわてもんだなあ」と、弟鬼が下をみると、兄鬼が投げ出した岩がぐらぐらしています。「こりゃたいへんだ。川に落ちて流れをふさいだりすると、村人たちがきっと困るぞ」。弟鬼も兄鬼に負けずおとらず力持ちです。岩がころがり落ちないように、大岩の下にいくつかの石をしっかりはさみこみました。
むかしの人は、頭の上に物をのせて運んだりすることを“頂(かぐ)む”といいました。弟鬼がはさんだ石がちょうど大岩を頭にのせているような形だったことから、その石を“頂石(かぐめいし)”といい、このあたりのことも“頂石”と呼ぶようになりました。  そして、いつの頃か“頂吉(かぐめよし)”になり、今の地名になったと言われています。

「北九州の民話」読み語り

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語り手
卯城保浩さん

語り手は、小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座『朗読家集団 読房(どくぼう)』」のメンバー。朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行ったり、劇団の1階倉庫を改造して囲炉裏部屋を作り、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらったりといった、地域密着の活動をしています。
今回の語り手は、同劇団の卯城保浩さん(小倉北区在住)。方言も取り入れた、味わい深い民話の語りを楽しんで!

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。