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むらさき川(小倉北区・紫川)

イラスト/田中映子さん(北九州市在住)
大分県立芸術短期大学デザイン科卒業。イラストレーター(カレンダー、情報誌表紙など)、デザイナー、カラーリストとして活躍中。専門学校やカルチャースクールでカラーを指導。著書に「塔の絵本」、グループ展「21個のりんご展」主宰

むかしむかし、紫川は企救(きく)川と呼ばれていました。企救川のほとりの浅茅野(あさじの)という漁師の村に、マツガエという年老いた漁師が、妻のワカメとエビスという若者と三人で幸せに暮らしていました。 ところが、ある冬の夜、玄海の海賊が村を襲い、あっという間に村を火の海に包み込んだのです。エビスは、荒らされた村をもう一度立て直すため、川上の山に住むキクヒコに、山里でとれた食べ物を川上から流してくれるように頼もうと決心しました。
キクヒコに頼むと聞き、マツガエは懸命に止めました。山の掟で、ほかの村の者が山に入ると殺されると知っていたからです。しかしエビスの気持ちは変わりませんでした。 キクヒコの住む山に向かう途中、エビスは、思いがけずキクヒコの妹・ムラサキと出会いました。エビスの話を聞いたムラサキは、「あなたが兄に会っても殺されるだけです。私にお任せください」と言って、兄の元へ帰りました。
初めはムラサキの頼みを笑って全然問題にしなかったキクヒコも、かわいい妹の熱意に打たれ、一つの条件を出しました。1カ月以内にタイ100匹を持参するようにと――。険しい山道を考えただけでも無理な話です。 この話を聞いてすっかり頭を抱え込むエビスに、ムラサキはやさしく言いました。「私は明日から毎日、紫色のアイゾメの木の実をここから流します。この企救川が紫色に染まっている間は、私がエビスさまのご成功をお祈りしていると思ってください。どうぞ約束の日までに…」。
こうしてムラサキのやさしい思いやりに元気づけられたエビスは、浅茅野の村へと帰っていきました。村では、殺されたものとあきらめていたエビスの元気な顔を見て、みんな、涙を流して喜びました。 企救川の流れは紫色。そんな川の流れを見ながら、エビスはますます漁に励みました。 約束の日も近いある日、「今日こそは100匹…」と荒れ狂う海に乗りだしたエビスは、運悪く荒波にのまれてしまいました。川上のムラサキはエビスの死も知らずに毎日アイゾメの実を流し、いつまでも帰りを待ち続けました。川下の人々はこのことを知り、企救川を「むらさき川」と呼ぶようになったということです。

「北九州の民話」読み語り

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小倉南区に拠点をもつ「劇団 響座」の協力により、北九州の民話の読み語りを動画でご覧頂けます。 同劇団は、NHK放送劇団、東京演劇アンサンブル、民衆舞台などで活躍した、りゅう雅登さんが代表として、平成4年に旗揚げされ、朗読や語り物、音楽性をもった演劇の実験公演を行っています。同11年からは劇団の1階倉庫を自ら改造して、農家の囲炉裏部屋を作り、「囲炉裏寄席」と銘打って、民話の一人語りや群読、狂言風笑劇などを、地域の人たちに無料で楽しんでもらっています。 北九州に伝わる民話が、地元の役者たちの感性豊かなフィルターを通して、どう発展していくのでしょうか? 熱演をお楽しみに。
読み語りの動画を、高品質、大画面でご覧頂きたい方は、動画ポータルサイトアスーチャンネルをご覧ください。>アスーチャンネル

参考文献「北九州むかしばなし」

このシリーズを始めるにあたって参考にしたのは、北九州市が発行する民話と伝説マップ「北九州むかしばなし」。 北九州市内の地域に伝わる民話42話を、ゆかりの場所の地図と合わせて紹介しています。A4版変型、87P、頒布価格1000円。ブックセンタークエストなどで取り扱い。詳細の問い合わせは、(財)北九州市芸術文化振興財団(問093・662・3012)へ。