> > 僕が見た被災地 > 僕の心に突き刺さったおばあさんの言葉

宮城県南三陸町でボランティア活動する三助さんが、実際にその目で見てきた被災地の様子を紹介するコラムです。
  ◇        ◇ また東北地方に厳しい冬がやってきます。南三陸町でも多くの人たちが仮設住宅で暮らしています。あの人たちが寒くて大変な思いをしているのではないだろうかと心配になります。
以前南三陸町の仮設住宅を訪問した際、ここで暮らす人々を元気づけることができないかと考え、一緒に訪問したメンバーの一人、書家の吉田真紀さんに字を書いてもらい、プレゼントするという企画を立てました。  真紀さんには、一人ひとりから好きな言葉や自分の名前など希望を聞いてもらい、字を書いてもらいました。多くの人が「笑顔」「夢」といった希望あふれるような字を望み、真紀さんの書を手にして笑顔を見せてくれました。そんな中、ある80代のおばあさんは「どんな字を書きましょうか。笑顔や夢という字にしましょうか」という真紀さんの問いに、「笑顔は津波に全部流されてしまった。夢も希望もないから書いてもらう言葉はない」と返事しました。
「笑顔は津波に全部流されてしまった」。この言葉が僕の心に突き刺さりました。仮設住宅の居住期間は3年間、ここで暮らせる時間も長くは残されていません。しかし、震災ですべてを失った人たちが今から再び長期間住めるような新しい家を建てるためには、時間もお金もかかります。それに加え、南三陸町では住民が移転先にと希望している高台から未調査の遺跡が数多く見つかり、調査のため移転計画がストップしてしまいました。調査が長引けば、移転にはもっと時間がかかってしまいます。高齢者の中には新しい家を建てることもできないまま、残念ながら仮設住宅で人生を終えてしまう人も出てきてしまうでしょう。僕はこれから増えるであろう悲しい現実を想像し、胸が苦しくなりました。
しかし、そのおばあさんは真紀さんと他の人たちとのいろいろなやりとりを見た後、「私も“夢”って書いて。夢なんてないんだけどね」と言ってくれました。ほんの少しだけですが真紀さんや僕たちに対し心を開いてくれたおばあさんは、最後に夢を語ってくれました。「高台に自宅を建てて住みたい」と。そして笑顔を見せてくれたのでした。  この人たちが安心して生活できるような家に1日でも早く住めるよう、僕も応援し続けようと思っています。
  三助プロフィル…宮城県南三陸町で活動するボランティアグループ「F.K.Arms」リーダー。普段は公立中学校で勤務