> > 僕が見た被災地 > 故郷の豊かさと悲しみを忘れないで生きてゆく

工藤真弓さん(写真右)と「つなみのえほん」(同左)

宮城県南三陸町でボランティア活動する三助さんが、実際にその目で見てきた被災地の様子を紹介するコラムです。
  ◇        ◇ 僕たちが活動の拠点としている宮城県南三陸町志津川の「上山(かみのやま)八幡宮」。高台にある本殿などは無事でしたが、宮司である工藤祐允さんの自宅は津波で全壊しました。
宮司さんの娘で上山八幡宮の禰宜(ねぎ)・工藤真弓さんは、「おばあちゃんとおるすばんしてる」と言う当時5歳になる息子の由祐(ゆうすけ)くんを置いて買い物に出かけ、地震に遭いました。帰宅後すぐに家族5人で高台へ逃げ、避難所で不安な夜を過ごしました。
「ひとり 買い物途中の 大地震 道にしゃがんで 子の名を叫ぶ」「やめて やめて 津波に 叫びながら 逃げる」「被災して 十日目の夜に 夫が泣いていた じっと 静かに」…。  「五行歌」の歌人でもある真弓さんは、津波の体験や避難所での生活などをいくつも五行歌に詠みました。短い文字ですが、当時の情景が目に浮かぶように伝わってきます。
真弓さんは東日本大震災のことを語り継ぐために紙芝居「ぼくのふるさと」を自作し、僕らのような街を訪れるボランティアたちに読んで聞かせるという活動を行っています。  紙芝居を作ったきっかけは、仮設住宅から保育園に向かう車の中で由祐くんがつぶやいた「おかあさん、ゆうすけには、こわれたふるさとがあんだよ、しづがわ…」という言葉でした。
あの日故郷が消えて無くなってしまったと思っていた真弓さんですが、こんな小さな子どもの中にも故郷は刻まれているんだと一瞬で救われたそうです。そして、子どもは子どもなりに震災を受け止めて、前を向いて生きていこうとしていると感じたといいます。  そんな由祐くんの姿を見て、悲しむばかりでなく、故郷の豊かさと悲しみを忘れないで生きてゆくため、そして天に召された多くの方々の命をムダにしないためにも震災のことを語り継がないといけないと真弓さんは決意しました。
今年5月に発行された絵本「つなみのえほん~ぼくのふるさと~」(市井社刊)は、この紙芝居を元にしたものです。「いのちをかけた伝言を、明日に伝えてゆくために、わたしたちは生きてゆきます」と締めくくられ、未来に向かって歩き出そうとしている被災地の人々の気持ちが伝わってくる1冊です。
  三助プロフィル…宮城県南三陸町で活動するボランティアグループ「F.K.Arms」リーダー。普段は公立中学校で勤務