> > 僕が見た被災地 > 1人では難しくても多くの力が集まれば可能になる

奥には防災センターの赤い鉄骨が見える

宮城県南三陸町でボランティア活動する三助さんが、実際にその目で見てきた被災地の様子を紹介するコラムです。
  ◇        ◇ ボランティアをやりたくても、どこに行けばいいのか分からないという人が多いのでは。
僕も最初はそうでした。南三陸町を目指したのは、そこで自衛隊員である義弟が支援活動を行っていたからです。ただそれだけの理由でした。知らない場所でどこに行って何をすればいいのか分からないので、まず現地で既に支援活動を始めている大きなNPO団体の傘下に入れてもらい、そこから指示を受けることにしました。
1回目(昨年5月)は石巻市北上町十三浜地区でのガレキ撤去、2回目(同8月)は南三陸町志津川地区にある上山八幡宮でのガレキ撤去が主な作業でした。この時、上山八幡宮の宮司・工藤祐允さんと出会ったことで僕たち「F.K.Arms」はこれ以降上山八幡宮を拠点に活動を行うことになり、3回目(昨年の年末年始)は上山八幡宮で初詣のお手伝いをしました。

上山八幡宮

8月、上山八幡宮でガレキとして撤去したのは、津波で廃墟となってしまった宮司さんの自宅でした。宮司さん自身も避難生活を送っており、仮設住宅から片道2時間かけて毎日神社まで通ってきているような状況でしたが、秋の大祭までに何とか片付けたいと望んでいました。
庭に押し寄せてきた車6台は既に重機で撤去されていましたが、津波で運ばれてきた他の家屋も合わせたガレキが山となって異臭を放ちながら見渡す限り散らばっていました。暑い、重い、臭い、汚い…。大変な作業です。大人の男性6人がかりでひたすら作業しても1日で数メートル四方しか片付きません。
同時期、近隣地区に滞在中だった福岡大学のボランティア学生100人に何とか短時間だけでも手伝ってもらえないかと直談判したところ、彼らは目一杯スケジュールが詰まっている中、九州へ戻る日の早朝に作業時間を捻出してくれ、手伝ってくれました。若者100人の力は大きく、秋の大祭までに間に合わせることができました。 1人の力では難しいことも、たくさんの力が集まれば可能になることを体感したのでした。
  三助プロフィル…宮城県南三陸町で活動するボランティアグループ「F.K.Arms」リーダー。普段は公立中学校で勤務