> > 技ありの人間関係 > 声に表れる本音
 
 
 
 
気力は目に、生活は顔に、“教養は声に出る”らしい。名写真家の言葉。たしかに、声には人格の深みと人生の労苦が宿る。美空ひばりの「愛燦々(さんさん)」に胸打たれるのは、歌声一つに精魂を注いだ彼女自身を感じるからである。
 声は五感のすべてを刺激する。黄色い声や暗い声は視覚に訴えている。甘い声は味覚。くさいセリフは嗅(きゅう)覚。猫なで声は触覚を刺激する声だ。
 だから相手の声を聞き分けるのも、こちらの感性・直観である。声に対する直観は、磨けば高まるという。あるボイストレーナーは国会中継での討論を練習台にすることを勧めている。

専門外で分かりにくい議題を選び、どちらの話し方や声に共感を持てるかということで判断してみる。後で検証してみると、だんだんと直観が正しくなるのが自分で驚くくらいだそうである。だから悪徳商法にだまされないためには相手の話す内容ではなく、話し方や声のトーンを直感的に判断したほうがいい。声に表れた“いかがわしさ”は、容易に消し去ることはできないという。
私の体験である。その昔、大阪の団地で子育て奮闘中。隣りの部屋で子どもが泣いた。その泣き声に妻は血相を変えて走った。私はわが子の命に関わる声を聞き分けられなかった。心底、このときは妻に敬服した。
 自分のチャランポランさを反省した母親もいる。バザーで綿菓子売りを手伝っていたお母さん。「綿菓子いかがですか」と何度も呼び込んでいたら、いつの間にか「わたしいかがですか」と言っていたという。どんな声だったのだろうか。