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このコラムの締め切りが刻々と近付くのに、書く内容が出てこない。仕方ないからテレビを見ていたら、芥川賞作家・宮本輝さんが言っていた。「水だと思って飲んだら血でした。そんな小説を書きたい」。そうやなー。「コーヒーだと思って飲んだらポン酢でした。そんなコラムを書きたい」。これを書き出しにしようかなー。いや意味不明でリビング北九州の編集担当からカットされるやろな。
居間で悩んでいたら、洗濯物をたたんでいた妻が「自分の感動したことを書かんとあかんよ。頭でこねくり回したもんは面白くないよ。散歩でも行ってきたら」。外に出て、遠くの山のふもとを走るJRの列車を見ていて思いついた。家に戻り書くことにした。
――また今日も駅のホームで会った。近所のMさんとは通勤仲間だ。いつも文庫本を持ち歩いていることに感心する。その日は山本周五郎の「橋の下」。これから果たし合いに行こうとする若侍、己の轍(てつ)を踏ませまいと過去を語る老人。2人の見事な人生対話。私も読みたくなって学校の図書館へ行ったがない。がっかりして家に帰って妻に話すと、「あるよ」と自分の書庫から出してきた。
「日日平安」新潮文庫。古びたキオスクのカバーがかけてある。奥付の下に鉛筆書きで昭和49年9月5日と書いてあった。日付を見て妻は思い出したらしい。新卒の小学校の臨時教員として通勤しているとき、JR下関駅で買い求めたと言う。私と結婚する1年前の話である。
私も思い出した。当時、私は司馬遼太郎の描く坂本竜馬に憧れて幕末小説を読みあさっていた。自然と山本周五郎の「武家もの」の世界にも興味を持ち、彼の作品を読み始めた。人の意見に影響を受けやすい私は、読み進めるうちにだんだんと自分自身、武士であるような気になってきた。そこで、将来の妻になる彼女に武士の妻としての振る舞い、覚悟を結婚前に学んでほしいと思い、山本周五郎の本をプレゼントしたのだ。
多分その本をきっかけに彼女も山本周五郎の本を読んでくれたのだろう。今、その当時の古い本を手にすると、結婚前の希望と夢を思い出し、その後の結婚生活のあまりの違いように涙が出そうになった――
ここまで書いてお茶にした。目の前で洗濯物をたたんでいる妻に声をかけた。「結婚前に僕のプレゼントした山本周五郎の本、覚えているね?」。妻は答えた。「確か『日本士道記』だったよね」。贈った本は「日本婦道記」である。間違いを指摘すると、「アハハハハ」と笑い飛ばされた。