> > 技ありの人間関係 > いい“ゆ”だな
 
 
 
 
「のどから手が出るほど欲しい」という。人生には、声しか出せないのどから手を出したいほど欲しい時がある。お金に困った人の前に積まれた現金。こうすれば簡単にもうかるというウラ技。私の場合だと、絶対に生える養毛剤。目の前に置かれると心は乱れて、のどからどころか、目からも耳からも手を出したい。それを抑える力はどこから生まれるのだろうか。
ある高校に招かれた。ちょうど3年生の試験中。ピーンとした緊張感に、足音を忍ばせた。教室の前を通り過ぎていくうちに妙なことに気がついた。どの教室にも試験監督がいないのだ。訳を聞いた。「生徒たちはカンニングしても意味のないことを知っていますから」との返事だった。なるほど。生徒たちの目的は学力の向上なのだ。目の前の結果に関心はあるけれど、とらわれずにもっと先を見ているのだ。
あるテレビ番組で怒りの心理学をやっていた。実験の協力に来た人たちを喫茶店で待たせる。失礼極まりない接客態度の店の人。わざと怒らせて心拍数を上昇させる実験である。皆すごく怒るのに、ただ一人まったく心拍数に変化のない男性がいた。その人の考え方を聞いてなるほどと思った。「コーヒーを飲みに来たのではなく、私の目的は時間調整。コーヒーについての問題は関係ないのです」。やっぱりさっきの高校生たちと同じだ。眼前の問題の向こうにある真の目的を見ているからうろたえないのである。
関西の出版社から顔なじみの営業マンが来た。この話をすると、大阪ではやっている川柳を教えてくれた。「えらいことできましてんと、泣きもせず」。大変なことになった時も余裕のある態度の必要性を感じさせる川柳である。やっぱりゆとりは大事だな。私ものどから“手を出す”前に、ニッコリ笑って“声を出したい”と思った。  ある本にどんな時でも5つの“ゆ(湯)”を大切にと書いてあった。「ゆとり・ユーモア・勇気・夢・友人」である。こんこんとわき出る5つの湯につかっていると、のどからは手は出ずに鼻歌がでるだろうな。心がけていたら、教えた学生からレポートが来た。
「先生の人生を諦めたともとれるほどの脱力した人柄を目の当たりにした時、いら立ちさえ覚えました(笑)。しかし授業時間を重ねるほどに、私の苦しい生き方に気がつきました。これからはもっと肩の力を抜いて楽に生きていこうと思います。眠いながらも受けてよかったと思える授業でした」。うーん。褒め上手だなー。この日は心のぽかぽか温まった一日だった。