> > 技ありの人間関係 > 背に腹は変えられない
 
 
 
 
お父さんの役割とは何か。そんな風に固く考えない家族を「フラット型家族」と呼ぶらしい。私の家はかなり前からそうである。
動物の世界ではオスの役割は明らかだ。まず「給餌(きゅうじ)」。エサをとってきて家族に与えることである。そういえば昔、給料袋はまず仏壇にあげて家族で手を合わせていた。子どもながらに茶封筒を持ち帰った父親を実感していた。これが給与振込になったのは残念。うちではいつの間にか「給仕(きゅうじ)」になった。辞書には「そば近くで控えて雑用をする人」とあった。
次にオスの役割は「守る」である。外敵から自分のファミリーを守る働きである。以前、市民講座で「どんな時に男らしさを感じますか?」で話し合った。結論は「重いものを持ち上げた時」だった。力あってのオスなのである。しかしこれも私の場合、育ちの良さがあだになった。妻は私の開けられない容器のふたを軽くひねって開ける。
こんな足元フラット型父さんに勇気を与えた映画は「フライ・ダディ・フライ」である。か弱い父親(堤真一)は娘を守るために高校生のボクシングチャンピオン・石原と決闘する。ビビる父親にケンカ指南役の岡田准一は言う「オッサンは背中に中身の一杯詰まった透明なリュックを背負っている。石原の背中には何もない。…どんなことがあっても自分を信じるんだ」。戦いの最中、翼を得たように父親の背中のシャツは裂ける。「子どもは親の背中を見て育つ」と言われる。確かにどんな説教よりも親のしていることの方が影響力を持つ。でもそれだけでなく、子どもは親の背負ったものを敏感に感じとるのかもしれない。
背中のリュックには、“夢やあこがれ。家族や社会への思いなど”いっぱい詰まっている。それは時代の変化にも色あせないし、お金で買えるものでもない。
先日、知人のお父さんが亡くなられた。ショックも大きかった。でも最期まで家族みんなで見送ることができて良かったと言われた。きっとお父様の背負われていた心の宝を家族皆で分け持った満足感ではないだろうか。「父のやり遂げたかったことにチャレンジします」ときっぱり言われた。ある女性経営者は「男の背中に人生は住む。背中の“哀愁”に魅かれる」と言っていた。やっぱり背中だ。私はその日、家に帰って娘に「お父さんの背中に哀愁があるかみておくれ」と頼んだ。すると「背中より目立つのはオナカ。“哀愁”より“オヤジ臭(しゅう)”やね」と言われた。フラッときた。