> > 技ありの人間関係 > 幸せの電車と信じて
 
 
 
 
あるクイズ番組。ここで降りれば250万円もらえる。上を望めば1000万円だけれど0円の危険性も。悩んだ末、そのチームは降りて250万円を手にした。
 面白かったのはこの後、「挑戦していたらどうなっていたか」の司会者の声。明かされた結果は1000万円獲得だった。ガッカリしたメンバーの顔。ドラマチックな結末に盛り上がる会場。

でも私は残念ではないと思った。先日見た映画「デジャヴ」のせいだ。タイムマシンで4日前に戻る物語である。人生とは行き先の決まった1本の道や単線の電車ではない。「生きる」とはいくつもの行き先の違う電車が並走する車上に立つことだ。瞬間、瞬間をカンと決断で乗り移っていく私たち。行き先は瞬時に変化するのだ。
あのクイズの判断は正しかった。もしあのまま1000万円に進めば250万円もないし結末も0円の電車だった。メンバーの「虫の知らせ」で電車を乗り換えたために違う人生がスタートし1000万円の結論が浮上しただけである。なぜ乗り換えができたか、それはチーム一人ひとりの身体感覚、カンなのだろう。
戦争という異常時に多く伝えられる不思議な現象。「虫の知らせ」で移動したら、さっきまでいた所に爆弾が落ちて命拾いした話。何となく感じる「虫の知らせ」という体感。頭で考えるとは違う心の働かせ方もあるようだ。
そういえば父も「頭で考えるな」とよく言っていた。体の歴史は古い。ほ乳類が出てきたのは約2億年前。今の脳を持った人類の歴史は5万年前。大胆に言い換えれば私たちの体の価値は2億円、頭は5万円。5万円の頭で考えるのも大事だが、2億円の装置の感じ方に自信を持ってもいいようだ。
解剖学者・養老孟司さんの紹介している話。自殺をする人の多い青木ケ原の樹海から出てきた人がいた。様子が変なので尋ねると、「高い枝で首をくくろうとしたら、枝が折れて落っこちた」「それでどうしたのですか」「いやービックリして。死ぬかと思ったよ」。頭は死のうと思っている。体はそうじゃないからビックリするのである。5万円より2億円を信じた方が良い時もあるようだ。
20余年前、職を求めて履歴書をあちこちに郵送した。「ダメです」の返信の山。「ムシ(無視)の知らせ」を信じて考える前に行動。今の学校に決まる。後から採用を決定した人に聞いた。「君の履歴書を偶然ゴミ箱で拾ったんだよ。良かったね」と。
 「おお! 人生は、いつでも感謝とドラマチック」