> > 技ありの人間関係 リターンズ > 「こわいカミさんでもいいかも」

「こわいカミさんでもいいかも」

テレビドラマ「半沢直樹」。銀行員の大変さが描かれていた。そんなしたたかな銀行員たちさえも兜を脱いだ男がいた。

門司港駅の近くにある「出光美術館」。小説「海賊とよばれた男」(講談社)で有名になった出光興産の創業者「出光佐三」の事績が常設展示されている。反骨の精神と誇りが映像や模型となって館内にあふれていた。

明治44年、門司に「出光商会」を設立してから大正、昭和にかけて、それまで事業を拡大してきた出光。廃業を迫るような危機が訪れる。取引銀行の一つがそれまで貸してきたお金の返済を要求してきたのだ。

ところがこの時、経営危機を救った銀行があった。優れていたのは出光だけではない。お金を貸した銀行も偉かった。「この頃の銀行家たちの中には、担保よりも人間を見分ける人たちがいた。銀行マンの使命を心得ていた人たちである。…バブル当時の銀行マンとは大違いである」(“出光佐三反骨の言魂”PHPビジネス新書)。

資源の少ない日本では昔から教育に力を入れて来た。出光もそうだった。「人間をつくることが事業。石油はその手段に過ぎない」と人を大切にする独創的な経営を実現した。96歳、東京での葬儀と告別式の参列者は1万人を超えた。

出光佐三の生家は宗像である。近くに福岡教育大学がある。彼の援助で今の大学キャンパスがある。私はその近くに住んでいる。毎朝、彼を育てた山や川を見ながら通勤していると彼の声に励まされる感じがする。

「私は水島先生(神戸高商校長)によって育てられたようなものである。先生は若い教授や生徒を肉親のように愛撫された。…私の会社で、愛により社員を育てるとか、人間尊重とか言っているのも、元をたどれば学生時代に種をまかれたものである」。

私も出光佐三やその恩師のように人を大切にする教師になりたいといつも願っている。しかし道はなかなか遠い。

先日こわい夢を見た。私の科目を落とした学生が有名な米国ジョークを紹介していた。「道路に横たわっているスカンクの死体と銀行員の死体との違いは何か? スカンクの死体の近くにはブレーキをかけた跡があることだ」と言った後、「銀行員の代わりに教師でもこのジョークは使える」と言ったのだ。確かに…体罰教師もいるしな。

中島俊介さんプロフィール

 北九州市立大学名誉教授
 臨床心理士・エッセイスト