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雲をつかむような話

子どもはどうして、人の顔やものをじっと見るんだろうと思っていた。その謎が解けた。

先日、田川市立美術館に行った。絵本画家の黒井健さんの原画展。絵本「手ぶくろを買いに」や「ごんぎつね」の絵を描いた人である。オイルパステルを使った柔らかなタッチの絵を見ていくとドンドン心が洗われていく。不思議だった。出口で黒井さんの絵本を買い求めた。「おかあさんの目」(あかね書房)。文はあまんきみこさんである。

――三つか四つの私はお母さんのひざに座っていた。お母さんの顔をみて話している時「あ!」と驚いた。お母さんの黒いひとみの中に小さな小さなわたしがいるのに気づいたのだ。よくよく見るとお母さんの目の中にいっぱいいろんなものが入っている。みどりのカーテン、窓の外のポプラ。「いっぱいでお母さんの目、こわれない?」「いたくない?」「いいえちっとも」。

今度は息をつめてみてごらんと言われてじっと息をつめて見ていると、目の中の私が消えて、青い空、山や海、白い舟まで見えた。お母さんは言った。「うつくしいものに出会ったら、いっしょうけんめい見つめなさい。見つめると、それが目ににじんで、ちゃあんと心にすみつくのよ。そうすると、いつだって目の前に見えるようになるわ。――

子どもがじっと人や物をみているのはうつくしいものに出会っているからなのだとわかった。

昨年、初めて長期で入院した。退院後変化したことは雲をよく見るようになったことである。病室から見る青空と雲はほんとうにうつくしかった。それ以降雲を見るたびに「きれいだなー」とよく思う。今まで僕の心には雲や青空がすみついていなかったかもしれない。

そう言えば、心にしっかりと雲の住みついている人がいたっけ。タクシーに乗った時のことである。すこぶる健康そうな運転手さん。「何か健康にいいことやっておられますか?」と聞くと「べつに」。そんなはずはないと、さらに尋ねると、「待ち時間に空をみている」。

理由を問うと、笑われるから言いたくないという。笑わないのでと答えを懇願するとやっとのことで教えてくれた。「きんと雲」。孫悟空の乗っていた雲である。小さい時から探しているけれどまだ見つからない。おかげで視力が衰えないと言われた。歳に似合わぬ少年のようなさわやかなお顔だった。

中島俊介さんプロフィール

 北九州市立大学名誉教授
 臨床心理士・エッセイスト