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無言館

「物心両面の支援」ということばがあるように、物と心によって人は支えられる。お金はただの物だけど、もらうと心が動く。でも偽札があるように、物と心にも本物とそうでないものがあるようだ。

本物の「もの」と「こころ」に逢いたくて、東京の仕事のついでに足をのばして、長野県にある美術館を訪ねた。「無言館」(長野県上田市)戦没画学生慰霊美術館である。教員として学徒動員で散った学生たちが残した「もの」とそこに刻み込まれた「こころ」に触れたかった。絵に込められた生の輝きと戦争の理不尽さを今の学生に伝えたいのだ。

「無言館」は海抜700メートルほどの山あいの雪の中にひっそりと建っていた。案内したタクシーの運転手さんは「無言館に入館する時はみな喋りながら入りますが、出てくる時はみな無言になります」といわれた。行楽シーズンでない2月の館内は誰もいなかった。十字架型の建物の順路にそってゆっくりと歩んだ。

一つの自画像の前で足が止まった。その絵が私に話しかけてきて動けなくなったのだ。「あなたはこれからの人生で何を残したいのですか」と語りかけてきた。初めての経験だった。美術館に頻繁に行く娘に聞くとよくあることらしい。「音楽鑑賞と違い、絵はこちら側次第で語りかけてくるから楽しい」という。

画学生は卒業までの課題として自画像を描いた。「興梠武:昭和15年3月。東京美術学校油画科卒業。昭和20年8月8日フィリピン、ルソン島において戦死。享年28歳」とあった。終戦まであと1週間で亡くなっている。

庭園に出ると赤いペンキの部分のある「絵筆の碑」があった。2005年に慰霊碑に赤ペンキがかけられるという事件があった。説明文には「この美術館が多様な意見や考え方のなかにあることを忘れないためにペンキあとを残すことにしました」とあった。大きなこころにふれた厳粛な気持ちになった。

物は雄弁である。最近学生の体験した、物に感謝とユーモアを語らせたステキなおばあちゃんの話。「バスの中でおばあちゃんに席をゆずってあげました。3つ程停留所を過ぎた時、おばあちゃんはバスから降りるために立ち上がりました。そして“ありがとう。これで何でも好きなものを飲みなさい”と言い残して、私にストローをくれました」  平和はステキだなー!

中島俊介さんプロフィール

 北九州市立大学名誉教授
 臨床心理士・エッセイスト