> > 技ありの人間関係 リターンズ > 渾身

渾身

やる気もなくなり、うまくいかない時どうやってしのぐか、振りかえってみた。

(1)ふて寝する。(2)お酒を飲む。(3)他のことで忙しくする。(4)黙り込む。

でも一番よくやるのはお風呂で歌うこと。妻は独り言だというけれど歌っているのだ。口にするのは、いつも同じ。ネットで調べたら元歌とは歌詞もリズムも外れていた。西郷輝彦の「青年おはら節」だ。「あいつにできることな~らば、お~いらにできぬわけがない」と湯船で口ずさむ。

困難なことでも誰かがやったことなんだから、自分に歯の立たないことはあるものか。何だか勇気がわいてくる。歌うと余裕が生まれる。負けるもんかと力が出てくるから不思議である。

と思っていたら、世間は狭い。同じことを言っている詩人がいた。年齢ではなく、人は「理想を失うとき初めて老いる」で有名な詩人サムエル・ウルマンである。「どうってことない」と題された短い作品。

「頭が白くても どうってことない 心と考えが若ければ 心の中に灯があれば くちびるに歌があれば」(角川文庫)

そう! そう! くちびるに歌さえあればしのげる。今年の目標を立てなければ。今年はサムエルに習ってパワーアップ。「くちびるに歌」に加えて「心の中に灯があれば」を意識したいと思った。先輩からも教えられた「教育は相手の魂に火をつけること」と。

映画「渾身」を観た。相撲の原型をとどめる「隠岐古典相撲」が描かれている。隠岐の島が舞台。20年に一度開催される神事の相撲大会。その相撲の魅力は1勝1敗の精神。同じ人と2回勝負して2回目は最初に勝った方が負けるきまり。強い人間が勝って終わるのでなく相手をおもんぱかる気持ち。支え合う心が描かれていた。

モントリオール世界映画祭で評判を得た。強いものが勝つだけという世界の風潮に対して、「負けの中に勝ちがある。勝ちの中にも負けがある。対立でなく調和と協同・非暴力」という「日本の心」が画面からあふれていたからであろう。

映画から戻ると締切が間近なのにいまだに卒論を提出していない私のゼミ学生T君からメール。「間に合わないですがようやく手がつき始めました。絶望感しかないです」キタ―!さっそく彼の心に灯をつけに行かねば。いやしかし、彼の場合、心にではなく「尻」に火をつけねば。

中島俊介さんプロフィール

 北九州市立大学名誉教授
 臨床心理士・エッセイスト