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命の重さ

命に重さがあるという。 どうやってはかるか。生きている人は簡単だ。抱えてみるとわかる。初めて長男を抱いた時、小さいのに重たく感じたのは責任の重さを感じたのかもしれな い。一人の命の重さは地球より重いという考えの一方で、召集令状の紙1枚に例えられた時代もあった。それでは死んだ人の命に重さはあるのだろうか。

村山常雄さん、70歳の誕生日に思い立ち、毎日10時間以上パソコンに向き合った。11年かかって名前をひたすら入力、シベリア抑留中に亡くなった 46300名の名前と埋葬地をつきとめ、平成19年に千ページを超す名簿を自費出版した。

ロシア名「ナカミシ・タマゴル」とある原簿を「ナカニシ・トモハ ル」とする苦労。「ソミタニィ・イスツルン」は「染谷勇」に。現在ネットには52642名の名前が公開されている。自身も抑留体験者。一人一人の名前を掘 り起こすのは「無名」の無念さを背負っているから。失われた個々の命の具体性である名前を示すことで戦争の無残さを伝えたいからである。

歴史学者は言う。1秒1秒に、同じ重力がかかっている。つらい気持ちの日も、幸せの日も、毎日どこでどんなことをしていても、その1秒1秒に同じ重力がかかっているという。

その人の歴史である生きた時間の重さは名前に託されている。名前はその人のかけがえのない人生の1日1日の命の重さを持っているのだ。村山さんが明らかに した、命の重さ。出版された本はB5判、重さ2キロ。今まで亡くなったものの全ての名前の重さを足すと地球よりも重たいだろう。しかし生きている間に、名 前を無くす場合もある。

先月、八幡西区で「第4回笑っちゃらん会」があった。年に1回の地域の芸能大会である。今年の優勝は一番会場を沸かせた「刃傷松の廊下」。一人の男性が靴 を頭にしばっての熱演だった。

でも私が一番笑ったのは、司会の方の第一声である。大きな会場でたいへんに緊張されて言い間違った。しかしそれは正しいのか もと思った。自分の名前がわからなくなっても大丈夫。人は生きているし名前も残る。
「今日司会を務めます○○△△と“申します”」と言うべきところを「今日、司会を務めます、○○△△と“思います”」と言われたのだ。

中島俊介さんプロフィール

 北九州市立大学名誉教授
 臨床心理士・エッセイスト